KALAW COFFEEをたどる100年。 第2回|コーヒーは海を渡った。でも「KALAW」の名は?

KALAW COFFEEをたどる100年。 第2回|コーヒーは海を渡った。でも「KALAW」の名は?

前回、カローのコーヒーの歴史を調べる中で、1903〜1904年の英国統治時代の記録までたどり着きました。

そこには、カローと同じ南シャン高原にあるTaunggyiで、すでにアラビカコーヒーが育てられていたことが記されていました。

では、そのコーヒーはその後どうなったのでしょうか。

調べていくと、今度は「ミャンマーコーヒーと海外市場」という、もう一つの歴史が見えてきました。



 

1930年代には、すでに海を渡っていた

記録によると、1935〜36年にはミャンマー全体で268トンのコーヒーが生産され、そのうち175トンが海外へ出ています。

今から90年以上前。

すでにミャンマーのコーヒーは、国外へ運ばれていました。

けれど当時の記録からは、

どこの町で育てられたのか。
どの村のコーヒーだったのか。
誰が作ったのか。

そこまでは、なかなか分かりません。

そして、

「KALAW」

という名前も、そこには出てきません。




名前がなければ、産地は見えてこない

現在のスペシャルティコーヒーでは、国名だけでなく、地域、農園、生産者、品種、標高、精製方法まで細かく紹介されることがあります。

でも、昔からそうだったわけではありません。

「Burma Coffee」。

あるいは「Shan Coffee」。

そんな大きな括りで流通していたとすれば、その中にカロー周辺の豆が含まれていたとしても、「KALAW」という土地の名前は残りません。

もちろん、当時の輸出豆にKalaw産が含まれていたことを示す資料は、今のところ確認できていません。

ただ、一つ言えるのは、

コーヒーが存在することと、「産地」が知られることは同じではない。

ということです。


世界に知られるようになった、ミャンマーの産地

近年、ミャンマー産スペシャルティコーヒーが海外で知られるようになると、産地の名前も少しずつ表に出るようになりました。

その代表的な地域の一つがYwanganです。

産地ごとに生産者が組織され、精製技術が向上し、海外のバイヤーやロースターとつながる。

そうすることで、それまで単に「Myanmar Coffee」だったものに、少しずつ土地の名前が付くようになっていきました。

 

では、Kalawはどうだったのでしょう。

カローは英国統治時代から高原の町として知られ、現在もミャンマーでは有名な観光地です。

標高があり、涼しい気候があり、周辺には農業を営む村が広がっています。

そして、以前からコーヒーの木もありました。

それでも、

「KALAW COFFEE」という名前は、世界のコーヒー市場ではほとんど知られていない。

ここが、とても面白いところです。



「コーヒーのある土地」から、「コーヒー産地」へ

良いコーヒーの木があるだけでは、「産地」にはなりません。

完熟したチェリーを収穫する。

それを買い取る人がいる。

選別し、精製し、乾燥させ、品質を確認する。

そして、

その土地の名前とともに、市場へ送り出す。

 

さらに、それを毎年続ける。

そうした積み重ねがあって初めて、「産地」という名前が少しずつ育っていくのだと思います。

カローには、以前からコーヒーがありました。

けれど、

「KALAW」という名前とともに、その価値を外の世界へ伝える仕組みが十分には育ってこなかった。

そう考えると、これまでKALAW COFFEEが知られていなかったことも、少し理解できる気がします。



そして、ようやく記録に現れる「Kalaw」

近年になって、海外輸出に関する記録の中に「Kalaw」という名前がはっきり現れます。

2023年には、Kalaw地域で生産されたコーヒー豆が、Tachileik国境を通じてタイへ輸出されていることが報じられています。

つまり、

Kalaw産コーヒーが国外へ出ていること自体は、すでに確認できます。

 

ただし、

「KALAW COFFEE」

という名前を見て、世界のロースターやコーヒー好きが産地を思い浮かべるところまで来ているかというと、まだそうではありません。

でも私たちは、

そこが面白いと思っています。



まだ知られていないからこそ、面白い

有名なコーヒー産地には、すでに多くの情報があり、その土地らしい味わいもある程度イメージされています。

けれどKALAW COFFEEは、まだその途中です。

どんな品種がこの土地に合うのか。

どんな精製方法がカローらしい味を引き出すのか。

そして、

「カローらしいコーヒーとは何なのか」。

私たち自身も、毎年コーヒーを作りながら、その答えを探しています。

 

だからこそ、今のKALAW COFFEEには、

まだ完成していない産地を飲む面白さ

があるのかもしれません。

10年後、20年後には「Kalaw」という名前が、今よりずっと知られているかもしれない。

今は、その始まりに近いところにいます。



名前とともに、海を渡る

昔、ミャンマーのコーヒーはすでに海を渡っていました。

けれど今は、

「Myanmar」だけではなく、

「Kalaw, Shan State, Myanmar」

という土地の名前を、生豆と一緒に届けることができます。

 

100年以上続いてきたシャン高原のコーヒーの歴史。

その先で、ようやく「KALAW」という名前を付けてコーヒーを届けられる時代になった。

次回は歴史から現在へ戻ります。

私たちがなぜカローで農園を作り、周辺農家からチェリーを買い付け、Cafe Kalaw Coffee Factoryで精製し、日本へ生豆を届けているのか。

そして、

これから「KALAW COFFEE」をどんな産地にしていきたいのか。

その話を書いてみたいと思います。



NEXT JOURNAL

KALAW COFFEEをたどる100年。
第3回|そして今、「KALAW COFFEE」として海を渡る。

まだ世界にはほとんど知られていない産地、カロー。

その土地から私たちは今、どんなコーヒーを作り、どこへ向かおうとしているのか。

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